カナリヤ

「なんだとー、このあま!

   お前が悪いんだよ!バカ!」

 

ずいぶんなセリフを男は吐いていた。

 

夕暮れが沈む単館ロードショウの前。

 

半年も前に

あの無神経な看護婦が俺に『さよなら』を

言ってくれた、ありがたーい場所でもあった。

 

 

若い彼氏といっしょに消えた歩道には、

人波がまだ、まばらだった。

 

俺とカナリアはめずらしく、ふたりでデートをしていた。

亡き妻の5年目の命日だったのだ。

 

 

その乱暴な男はなにかまた悪態をついたらしく、

後ろ姿の女は……怯えていた。

 

その内、男は女をほったまま

ひとりで立ち去って行ってしまったのだ

 

 

男の姿が町並みに消えると、

その女はガックリとしゃがみこんでしまった。

どうやら……泣いているらしい……

 

”かわいそうに…”

 

そうは思ったが、俺もその女にかかわる気はさらさらなかった。

 

 

映画館の切符を買って、入ろうとした時

愛猫が手から離れようとし始めた。

 

「おい!カナリヤ……どうしたんだ?」

 

猫はスルリと俺の手を離れ、まるで蝶のように

優雅に舞った。

 

「カナリヤ……

 

今ではすっかり成長した美しいカナリアのボディーラインが

泣く女の膝にすりよっていった。

あたかも……助けろと言わんだかりに……。

 

泣いていた女もそれに気づいたのか?……

お節介な猫の身体をいつしか抱き締めていた。

 

無言でたたずむ俺を、シャム猫のような目線で

カナリアは誘った。

 

”フウ〜、わかったよ、このバカ猫め

 

俺はカナリア用に買った切符を

そのあわれな女に差し出した。

 

「あの〜、よかったら……

 映画、見てみませんか?

 これ、おもしろいそうですよ……」

 

猫を抱いたまま、その女は俺を見上げた。

 

 

心臓が止まるかと思った。

 

その女の涙はまさしく……、

 

   カナリアの涙……。

 

ついに亡き妻の亡霊は……俺の前に現れたのだった。

 

 

 

                8p

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