「悲しいラブストーリーでしたね……秀樹さん……」
その女性はハンカチで鼻をすすりながら、涙をふいていた。
「そうですね……とても悲しい話だった……」
でも、俺の顔には涙など……微塵もなかった。
なんだか、ものたりなさを感じていた。
なぜだろう…?
あれほどラブストーリーに泣く女性を夢見ていたのに……。
”変だよ……これって……”
心がうなだれた。
急にカナリヤを抱き締めたくなった。
あいつは今頃、お昼ねかな?
それとも、また、ヒスでも起こしているのか?
”なら、ありがたい……。
彼女の生まれ変わりだと確信できるじゃないか?
ホラー好きのカナリアが企てそうな演出だ!
さあー、化けて出てくれよ……我が妻よ!
そして、この憎き俺をつれていけ!”
ばかげている事はわかっている。
だが、それがどうした!
俺はあいつに会いたいんだ!
ただ、それだけなんだ……。
なにも知らないこの女性が……あわれにさえ思えてきた。
「秀樹さんの亡くなった奥様って……どんな方だったんですか?」
人ゴミにあふれる正午のファミレスで、その女性は唐突に聞いて来た。
若さゆえにその聞き方が、どこか……トゲガあるように感じられた。
俺は目をふせた。
相手を傷つけぬように……。
手元には、まだ手付かずのミートローフが湯気を立てている。
「それは……」
「綺麗な人だったんでしょう? 私みたいに……?」
スパゲッティーをほうばりながら、若い無神経なその女性は
上目ずかいに俺の反応を見ていた。
笑いながら……。
「イヤ……君のようには……泣けない人だったよ。
特に…ラブストーリーでは……ね」
窓の外をみるふりをしながら、俺は吐き捨てるように言った。
「へエー、そうなんだ……。寂しい人だったんですね」
まるで、もう夫婦かのように、その女はなれなれしくつぶやいてみせた。
「なに?」
思わず、俺はきびすを返した。
侮辱の臭いがした。
女はスープを飲みながら、隣の若い男を見ている。
そして、感心なさそうに……言った。
「きっと、幸せじゃ〜なかったのね……それって……」
めまいがした。
突然、俺の世界が崩れたのだ。
”う、うそだ!
カナリアは……、
俺の妻は………、絶対…幸せだったんだ……。”
40近い男の脳裏に……深い霧がたちこめていた。
泣かないカナリヤ……? あわれな事故……?
それはすべて……俺のせい……?
考えもしなかった落とし穴。
一気に……
気ずかなかった自分に対する怒りが……俺を襲った。
「どうしたんですか、秀樹さん?ミートローフ、冷めますよ……?」
その器からは……もはや、湯気など立たちようがなかった。
決して………。
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