カナリヤ

猫のカナリアは俺にひどくなついてくれた。

 

管理人にバレないように、密かに部屋の中だけで

俺はカナリヤと暮らし始めた。

 

最初の内は、お互いの気持ちがわからず、トラブルが続づいた。

トイレのしつけやグルーミング、好みのキットフードなどなど、

けっこう大変だった。

 

だが、一番悩んだのは彼女を避妊するか、どうかだった。

 

”あいつが生きていれば、きっと反対するだろうなあ?"

 

そう考えながらも、かわいい女の子であるカナリアを

獣医に連れていく他はなかった。

なぜなら、泣かれては困るからだ。

後ろめたさを押し殺しながら、手術の間じゅう、

俺はカナリアの姿を見つめていた。

自分の罪を再確認するかのように……。

 

 

それでも、彼女は数週間で元気になったくれた。

なぜか、ひどく嬉しかった。

それは、それはとても強く……予想外に。

その日から俺の人生が少しづつ変わり始めた。

 

不思議と仕事までうまく運ぶようになり、

トントン拍子にいい事が続いた。

 

宝くじが当たったり、いい友だちができたり

思わぬ昇進まで舞い込んだ。

 

 

 

そのころには、猫のカナリアは

もう俺のかかせぬ家族となっていた。

 

だから、カナリアの健康には気を使った。

毎月、定期的に彼女を病院に連れていっていたぐらいだ。

金など問題じゃない。

もう、二度と愛する者を失いたくない一心だった。

たとえ猫の寿命が人間より短くとも、

できうる限り長く生きてほしかったのだ。

その愛情のせいか、カナリアも我慢強く検診を受けてくれていた。

そんなある日、

その病院の看護婦さんからバレンタインのチョコをもらった。

そのチョコには…手紙。

中をあけると…映画のチケットと誘いの内容。

 

俺はすぐにはピンとこなかった。

ただの義理チョコだからと…たいして気にもしていなかった。

まさか中年を過ぎたぶかっこうな俺が、

どう見ても20代そこそこの若者に

まじめに相手にされるとは考えもしなかったからだ。

 

そして、数日後、電話が鳴った。

それはあの看護婦さんからだった。

明日の映画、来てくれますか?

と興奮しながら一方的に喋り、切ってしまったのだ。

あっけにとられ、気がついてみたら、俺は行く事を約束している始末。

 

「カナリヤ…どうしよう?」

 

彼女はため息をつきながら、しっぽを丸めて、

そっぽをむいた。

 

 

その人はいい女性(ひと)だった。

話しによると、俺のように猫を大切にしまくる飼い主はまれで、

その愛くるしいまでのバカさ加減にその女性は感心したと言う?

俺はただ不思議で、その女性のけたたましい

おしゃべりに聞き入っていた。

 

”いいのかな…俺だけ幸せになるなんて…

 

ふっと、

妻の笑顔が映画館横のコーヒーシップのガラス窓に

写ったように、俺には感じられた。

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