さらに、半年が過ぎようとしていた。
忙しさにかまけて、俺はその女性の事を忘れようと努めた。
ところが、決して忘れぬやつがいた!
ちゃかりキャットフードをせしめた、バカ猫のやつだ!
しかも、なんと定期便で……だ!
半年前の奇跡的出会い以来、
その女性、
『水川景子さん』がカナリアのために……
わざわざ運んで来てくれているのだ。
極上のキャットフードを……??
もっとも、
彼女の職場が……有名スーパーであったことも由来するが……。
「無理なさらずに……」と……俺が申し訳なさそうに言うと、
彼女はいつもこういって……笑いかけるのだ。
「どうせ、売れ残りの期限切れなんですよ……雲山さん。
気にしないでください! 店にも承諾済みですから……」
はつらつとした彼女の笑顔に……この俺が逆らえるわけがない。
そのまま、
ズルズルと……数少ない友人の1人となって行ったのだった。
す・ベ・て……迷惑なバカ猫のせいだ!
俺はそう思うことに決めている。
カナリアは、なにくわぬ顔で……今も眠っている。
しかし、感謝の念がないわけでもない。
俺の氷りついた心が少しずつ、
溶け始めている事は……確かなようだから……?!
そんなある日の事だった。
「これ、見させてもらってもいいですか? 雲山さん」
「えっ?」
台所でカナリアと……餌の配分について、
果てしない議論していた俺は……顔をあげた。
景子さんがビデオをふりかざして言った。
あのビデオだ!
そう、最後に妻と見た……『恋愛小説家』だ。
俺の顔は極端に曇って行く。
「ダメ……ですか?」
27才の色っぽい声で……水川景子さんは……
困った顔をしながら……つぶやいた。
「イッ、イヤイヤ! いいですとも……景子さん。
ぜひ、見てくださいよ。 いい映画ですから……ハハハハ……」
瞬間、心に痛みが走った。
まだ、罪の意識は……薄れていなかったんのか?
それを悟られまいと、さらに陽気に……俺は叫んだ。
「や、やっぱり、景子さんも……ラブストーリーが……お好きなんですか?
私はてっきり……サスペンス派だと思ってましたが……? ハハハハ……」
”なにを言っているんだ、俺は……? 顔、引き吊ってる!?”
皿をふくまねをしながら、
心の痛みが去るのを……ひたすら待つ以外なかった。
ところが、
以外な返事が帰って来た。
「あら、私……あまりラブストーリーは見ないんですよ。泣けないから……」
「へっ?」
「やっぱり、映画は……SFか、ホラーですよ。雲山さん!
だって……映画ならではの迫力、あるじゃないですか!
そう、思いません……?」
彼女の笑顔は昔見た……なつかしい映画のようだった。
そのセピアなワン・ショットに魅せられたのか……?
つい俺は聞いてしまった。
ずっと昔から……解けなかった疑問を……。
「なっ、なぜ、泣けないんですか、景子さん……?
ラブストーリーが……嫌いだから……?
そ、それとも……
自分が……不幸に思えるからですか……?」
”しまった! なんて……ばかな事を……??”
俺は舌をかんだ。
彼女が前の男にひどい仕打ちをされた事を……すっかり忘れていた。
”傷つけた、また大切な人を……”
そう思った時、
水川景子は力強く……誇らしげに……言ってくれた。
「いいえ、違いますよ、雲山さん!
自分が幸せすぎるから……ラブストーリーがうそっぽく見えるんですよ。
作りものの愛が……本当の愛にかなうわけないじゃないですか!
だからです。
私が泣けないのは……」
ポタポタと音がした。
俺は……泣いていた。
心が許されたかのように……涙が溢れ出していたのだ。
”そうか……。
そんな風に思える人がいるなんて……
俺は知らなかった……”
『ミャ〜オン』
猫のカナリアが……俺の足にすりよりながら……泣いた。
”ありがとう…、カナリアよ。
君はオバケにならずに……
猫になって俺の誤りを……
正しに来てくれたんのか……?”
俺は……素直に……そう思えた。
たとえ……真実でなくてもいい。
そう……感じられる自分を……愛したい。
そして……
この新たな女性(ひと)も……。
「どうしたんですか、雲山さん……?
なにか……私、まずい事……言いました……?」
涙をぼろぼろと流す俺を見て、
若いカナリアは……困り果てている。
だから、安心させるつもりで言った。
「景子さん……。
もしかして……ひとつだけ、
思いきり泣けたホラー映画が……ありませんでしたか?」
「は、はい……。
『ゾンビ』って言う……映画ですけど……。
それが……なにか……??」
その後、
俺は5年分の……大笑いをしていた。
目から大粒の涙を……こぼしながら……。
そして、
猫のカナリアは……退屈そうに
自分の餌入れを……手で転がしていた。
『餌、くれよ』……のサイン。
それは……『幸せがすぐそこまで来ているよ』と言う……
サインでもあったのだ。
笑えるほどのに……いとおしいほどの……
かわいい……俺のカナリアが……微かに……泣いていた。
10P
END
ご愛読、誠にありがとうございました!
では、また見てね!
(*^▽^)ノ
今回で完結です!
次回作も、ご期待ください!